契約書が交わされない共同経営の限界

 

 美容業O社(創業15年、社員7名)での出来事です。

 

 

 美容学校で知り合ったAとBは、卒業後それぞれ独立し美容サロンを経営していました。同窓会で出会った二人は意気投合し共同経営をすることになりました。出資比率は50対50で、共同経営に関する契約書を結ぶことなく登記し、内装工事、社員募集とトントン拍子で進め店をオープンさせました。

 

 

 1年後、経営が順調に推移したため、その勢いで2号店を出店しました。Bはもう半年~1年ほど1号店の経営状態を見ながら、じっくり候補地を選ぶことを望みましたが、楽天家で押しの強いAと賛成する社員に押され渋々出店に従いました。

 

 Aは出店後の様々な決め事にはほとんど関与しませんでした。繊細な神経をもつBと職人気質の社員とは馬が合わず店舗運営や顧客管理で対立し、2号店はリピーターもつかないまま1年で数千万円の借金を残し撤退しました。

 

 

 一方で1号店は業績好調のため、Aは採用方針も定めず独断で次々に採用を進めました。職人である理容師には、こだわりが強い人材が多く、運営方針や賃金などの労働条件を巡って労使間で衝突しました。採用してもすぐに退職されることが続き、労働問題では労基署に駆け込まれました。

 

 創業当初、役割分担を定めておらず、労使トラブルはいつの間にかBの担当となり、Bは尻拭いに駆けずり回る日々が続きました。繊細な神経をもつBは円形脱毛となるなど疲労困憊の状態でした。

 

 

 5年が経過し借金の返済が完了したとき、ついにBは解除を申し出ました。Aはパートナー関係がうまくいっていると思い込んでおり、これから役員報酬や経費枠が増加するにも関わらず解除を申し出たBの行動が全く理解できませんでした。

 

 解除の手続きが始まると、持ち株に対する取り分や退職金の支給額など事前に取り決めをしていなかったために揉めましたが、少しでも早く共同経営から抜けたいBは、Aの主張の大半を受け入れました。

 

 

 その後、単独経営となったAはBに任せきりであった労使間の狭間で苦しみ、相談相手がいなくなった孤独感にさいなまれています。

 

 

 一般的に共同経営のメリットは、

⑴互いに足りないところを補うパートナーを得る、

⑵経営者視点で協力し合い意思決定できる、

⑶責任の分担ができ精神的に楽になる、

⑷相談相手がいることで孤独感から解放される、

ことです。

 

 

 ところがBは、

①人事・労務問題を一方的に押し付けられ貢献と報酬のバランスが不公平だと感じ、

②出資比率が対等であるにも関わらず経営方針を強引に押し切られることに不満を持ち、

③本来相談相手となるべきAとのコミュニケーションが十分に取れずに孤独を感じ、

④価値観の違いを痛感していたのです。

 

 

 そもそも共同経営を始めるにあたり契約書面を交わさなかったことが問題でした。共同経営を成功に導くことは、社員と円滑な労使関係をつくることと同じです。つまり、労使関係であれば「雇用契約書」や「就業規則」、共同経営であれば「共同経営契約書」に、トラブルになりそうな項目を想定できる限り盛り込みます。

 

 何かトラブルが起こったときには、詳細に取り決めをした契約書があることで初めて協議が成立します。日々の小さな問題や不満も契約内容に沿って話し合いの場を持てば、事前にトラブルの芽を摘むことも可能です。

 

 

 共同経営契約書では、株式の持分比率、利益配分などの数値や職務分掌以外に、事業が軌道に乗らなかった場合の撤退条件・期限の設定、経営方針が食い違った場合の対処法、譲渡・廃業・解散時の条件の設定、など様々な項目を盛り込みます。

 

 

 人は理屈だけでは行動せず感情に引きずられるものです。書面内容に沿って正論を振りかざしても解決できない問題もあります。

 

 相手の多少の欠点には目をつむり、例えば労力の差に不公平感があっても労力の多い方が寛容な気持ちで許容し、立場が優位な方が相手の立ち位置まで降り相手と目線を合わせたうえで話を聞くことなど、「相手を受け入れて、相手に受け入れられて、相手に自分の話を聞く姿勢を整えてもらう」ことが重要です。

 

 共同経営者双方の「こころの持ちよう」が大切だと感じています。

 

 

第一法規『CaseAdvice労働保険Navi 201811月号』拙著コラムより転載