「退職勧奨時の会社の姿勢」

法律関連A事務所(所員10名・創業40年)の2代目所長から相談がありました。

 

「先代から勤める事務職員B子(66歳)だが、書類の電子化に対応できないため、費用を事務所が負担すると研修を勧めるが、『齢だから難しい』と取り組まず、他職員からクレームが出ている。今のままでは辞めてもらわなくてはならない」とのことでした。

 

B子の勤務状況を他職員から聞き取りました。手書き書類に計算ミスや誤字・脱字が多い、B子の書類を他職員が電子入力し直し二度手間となっている、上司や同僚への報告・連絡・相談が足りず所内連携がとれない、など次から次へと問題点が明らかになりました。

 

指導を行うことも検討しましたが、所長と相談の結果、既に65歳を超えたB子に変化を求めることは難しく、他職員への負担も鑑み、退職勧奨を行うことにしました。

 

 後日、面談でB子は、電子化に対応できていない現状は認めましたが、創業から現在に至るA社への貢献の数々を涙ながらに訴え、働き続けることを希望しました。所長は、これ以上B子を追い詰めるのは適切ではないと判断しました。そこで、これまでの貢献に対する感謝の気持ちを伝えるのと同時に、退職金の上積みや有給休暇の追加付与を提案し、家族との相談を勧めて面談を終了しました。

 

 1週間後、B子は家族に諭され円満退職しました。スムーズに勧奨を受け入れられたのは、「退職勧奨の基本原則」に則って交渉を進めたためです。

    退職勧奨時に即断即決を求めない

勧奨のその場で本人に即断即決を求めない。家族や近親者への相談を勧め、後日、回答を貰うなど検討時間を与える。また、相手が勧奨を拒む場合には無理に進めない。

    退職理由・時期を決める

勧奨の理由と退職時期を提示する。勤怠不良など基本的な服務規律違反やケアレスミスなどの能力不足が理由である場合には、始末書の提出を求める。同時に改善指示書を示す。会社側の再三の注意・指導にもかかわらず改善が見られない場合、それを書面に残すことで、交渉をスムーズに進めることが可能。退職日は、他の従業員への引継ぎ時間や本人の失業給付の受給要件などを鑑み話し合うことが必須。

    退職金、賃金等の債権債務、未消化分の有給休暇の取り扱いを示す

退職金制度がある場合は、支給金額や上乗せの有無を示す。交渉をスムーズに進めるためには、転職活動中の生活費も含め、1~2カ月分の給与の上乗せを検討する。また、年次有給休暇は、退職日までに取得させるのか、有給残がある場合に買い取りをするのか否かも伝える。

    雇用保険の離職理由、失業給付の受給要件を満たすか否かを伝える

勧奨による退職は、通常は「会社都合による退職」となるため、基本手当(いわゆる失業給付)を受給する際は解雇に準じた取扱いとなる。会社は助成金を受けづらくなることを懸念し、「自己都合退職」として処理することがあるが認められない。

    「退職合意書」の締結

退職日、退職金の支払い条件、締結内容に関し口外しないこと、SNSなどを使って誹謗中傷をしないこと、を記載し合意事項以外に債権債務が発生しないことを書面にて確認する。特に、機密やノウハウを扱う業務に従事させていた場合は、守秘義務や競業避止義務を付記することが重要。

 

 

コロナ以降、業績の悪化により退職勧奨を行う企業が増加しています。会社側に都合の良い方法など存在しません。会社が誠意をもち、時間をかけて、従業員が自己で判断できる条件を示すことで、円満解決に繋がります。

 

第一法規『CaseAdvice労働保険Navi 2022年9月号』拙著コラムより転載