『採用を焦った結果』

創業1年目の介護事業A社(社員15名)の社長からの相談です。

 

「オープンスタッフとして、5カ月前に採用した社員B子が、スタッフC子への陰口を言い続け退職に追い込んだ。施設利用者や取引先に対しても会社への悪口を吹聴しており手を焼いている。是非、辞めさせたいから知恵を貸してくれ」との依頼でした。

 

早速、他のスタッフへ聞き取り調査を行うと課題が明らかとなりました。

➀新人が入社するとマウントを取りにかかる、②わざと本人に聞こえるように服装や行動に関わる悪口雑言を繰り返し、職場の雰囲気を乱している、③自身の常識を押し付け、従わないスッタフに難癖をつける-。

 

 B子の履歴書を確認すると、前職と転職先の間に失業期間は存在せず空白期間はありませんでしたが、社会人歴25年の中で15回もの転職を繰り返し、職種にも一貫性がありません。

 

後日、B子との面談を行いました。数々の面接を乗り越えた猛者だけに受け答えにはそつがありません。採用経験が少なく、人手の足りない中小企業では、第一印象に引きずられて採用を即決してしまうのも仕方がないことです。

 

一般的に問題社員となる転職者は、入社後3か月程度は本性を隠し通せますが、暫くすると気が緩み、本性を現します。B子の場合も、3か月を過ぎた頃から自が出てしまい、周囲の反発を買いました。これまでも各社で居づらくなり、自ら退職するか、会社から退職を迫られ、転職を繰り返したことが想定されます。

 

A社では、その後も上司が注意・指導を続けたにも関わらず、非を認めて自身の考え方を改める姿勢が見られません。更生は困難と判断し退職勧奨を行うことにしました。退職勧奨の定石に沿えば時間をかけてB子と対話を図り、繰り返し指導し、遺恨を残さずに退職へ導くことが肝要です。しかし、社長は、一日も早く「誰もが気持ちよく働ける職場風土づくり」を最優先しました。

 

後日、社長は悔しい思いを押し殺しながらもB子に有利な退職条件を提示しました。➀転職活動応援金として1月分の給与を支払う、②入社6カ月経過前で有給付与前だが10日間の有給を与える、③退職合意書を締結し、債権債務が残らないよう労使間で確認を行う。

 

B子は一瞬不満の様子を見せました。しかし、これまでの経験から自己が不利な状況に置かれていると感じ、次の転職先を見つければ良いと考えたのでしょう。退職勧奨を受け入れました。

 

今回の問題点は、人材不足の解消を焦ったことが一番の問題でしたが、今後の留意点が明らかとなったことは収穫でした。➀履歴書の行間を深く読み込む、②性格適正検査を必須とし、面接での印象や履歴書の内容との整合性を確認する、③面接を複数人で行う、社長自身が必ず面接に関わる―、社長は同じ過ちは繰り返さないと覚悟を決めました。

 

今回は折角採用したスタッフ1名を失いはしました。しかし、職場の風土づくりを最優先した社長の姿勢は、創業時の不安を抱えるスタッフからの信頼を生み、職場に明るい空気を波及させてくれることでしょう。数年後の安定した組織づくり・職場風土づくりに繋がることと確信しています。

 

 

第一法規『CaseAdvice労働保険Navi 2024年4月号』拙著コラムより転載